清水宗治 [戦国]
浮世をば 今こそ渡れ 武士の
名を高松の 苔に残して
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備中高松城主の清水宗治の辞世。秀吉による水攻めが行われていたが、
本能寺の変により秀吉が和睦条件に備中・美作・伯耆の3か国と宗治の首を求める。
秀吉の用意した小舟に乗り、舞を披露し辞世を残した。
「憂き世」を渡って彼岸へ行くことと、小舟に浮いていることのイメージを重ねていた。名を高めること、高松、高い松と永劫を意味する苔を掛けていた。
死に際に見せた、舞と教養だった。
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<参考>
坂本野原 和歌・短歌 & 音楽大好きブログ
清水宗治 辞世の句の碑
p60