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豊臣秀次 [戦国]


月花を 心のままに 見尽くしぬ

   何か浮世に 思い残さん



  磯かげの 松のあらしや 友ちどり

   いきてなくねの すみにしの浦





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「殺生関白」とされるのは貶める悪意も多分にあるのでしょう。
高野山での切腹の際には殉死者もいることから人望もあったとされている。
が、朝鮮出兵で行く予定がありながら留まっている。
秀頼との縁談話でなく眷属まで処分となったのも、秀次は名君ではなく、
少なからずエゴイストではあったのでしょう。


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<参考>


豊臣秀次の辞世 戦国百人一首52



歴史の読み物 豊臣秀次はどうして秀吉によって抹殺されたのか?




p82



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