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千利休 [戦国]

 人生七十 力囲希咄 吾這寶剣 祖佛共殺


  堤る わが得具足の 一つ太刀
   
   今この時ぞ 天に抛げうつ    

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 武勇を前面に出した辞世で、とても茶人とは思えないが、置き替えて読む解釈を知る。利休の茶道が大成することを確信し孫に託すにしても、
後世こうして読まれることも想定し。怒りや無念の感情も含めて表現したのでしょう。

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謎だらけの利休の辞世の句は、孫の宗旦に当てた心の叫びだ!



p80
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波多野兄弟 [戦国]

 よわりける 心の闇に 迷わねば
  
  いで物見せん 後の世にこそ
                波多野秀治

 おほけなき 空の恵みも 尽きしかど

  いかで忘れん 仇し人をば
                波多野秀尚


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 足利義昭を信長が奉じた時期に赤井直正と波多野兄弟が信長に仕えたが、
義昭が去ることで、彼らも反信長となる。
光秀の丹波攻めで裏切った波多野兄弟を兵糧攻めにし降伏させたようだ。
光秀は命を保証したが、安土に送られた兄弟は信長に磔刑にされたという。
呪いたくなるでしょう。

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波多野秀治の辞世 戦国百人一首76

波多野秀尚の辞世 戦国百人一首77



p52
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島津忠良 [戦国]

 急ぐなよ 又とどまるな 吾が心

  定まる風の 吹かぬかぎりは

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 分家だったが貴久を守護にした。見事ですね。
辞世も「命」「生」「死」という語を使わず表現している。
「定める」のは天なのでしょう。 

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【島津忠良】最強島津の元祖!逸話と名言~薩摩のゴッドファーザー

島津日新斎の辞世 戦国百人一首⑫




p42
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蒲生氏郷 [戦国]

 限りあれば 吹かねど花は 散るものを

  心短き 春の山風

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 信長の人質だったが見込まれ娘婿となる。本能寺を経ても秀吉に認められ会津92万石
を得るも40で死去。高山右近からキリシタンとなる。
息子の秀行が家康の娘婿でもあり関ケ原で東軍につくも、残念な結末でした。
さすが氏郷であり、哀愁ある上品な辞世を遺したようです。

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蒲生氏郷 三重の武将 - 刀剣ワールド桑名・多度

蒲生氏郷の子孫のその後



p78
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一騎討ち [戦国]

 うちむすぶ 太刀の下こそ 産屋なれ

  唯だ切りかかれ 先は極楽
               川上忠堅
 
 きらば切れ 刃にかかる 物もなし

  本来心に かたちなければ
               筑紫晴門

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 島津家臣の川上忠堅と、肥前国人領主の弟筑紫晴門が一騎打ち、共に死去。
川上忠堅は竜造寺隆信の首を挙げ脇差を頂戴し、平成20年に子孫が県に寄贈。
日清戦争時の参謀長が薩摩の川上操六だが関係は分かりません。
和歌は創作のようだ。

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筑紫晴門と川上忠堅の一騎討ち・悪い話?



p72
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三原紹心 [戦国]

 うつ太刀の かねのひびきは 久かたの

  天津空にも 聞えあぐべき


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 岩屋城の戦いで、島津忠長勢2万に対して、763名で籠城戦を戦う。
高橋紹運や自分の子と共に玉砕する。
後世、誰かがゲームで登録してくれる。紹心も喜んでいることでしょう。

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三原紹心 (みはら じょうしん) げむおた街道をゆく



p70
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高橋紹運 [戦国]

 屍(かばね)をば 岩屋の苔に 埋めてぞ

  雲ゐの空に 名をとどむべき


 流れての 末の世遠く 埋(うずも)れぬ

  名をや岩屋の 苔の下水(したみず)

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 討伐対象の高橋家を主の命で継ぐことになる。
宗茂を立花道雪の娘婿として養子に出す。その際に争うことあらば立花家の者として自分を斬るよう命じたという。
最後の戦いで秀吉の援軍が来るまではと降伏勧告を拒否し、ついに自刃。
追い詰めた島津忠長も涙を流したという。

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高橋紹運の辞世 戦国百人一首86  明石 白(歴史ライター)



p70
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立花道雪 [戦国]

 異方に 心ひくなよ 豊国の

  鉄の弓末に 世はなりぬとも

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 戦の中、病死するが、敵島津は喪に服し追ってこなかったという。
主君宗麟といえども彼の諫めを受け入れる。
百戦錬磨で分別もあり、辞世も忠義を貫く。感服です。

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立花道雪の辞世 戦国百人一首④  明石 白(歴史ライター)

立花道雪-歴史上の実力者 刀剣ワールド



p70
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鳥居強右衛門 [戦国]

 わが君の いのちにかはる 玉の緒は

  何かいとはん もののふの道


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 辞世は長篠城から岡崎へ向かう際に歌ったものだという。
本人作の保証はないが、心意気は伝わってくる。
「もののふの道」と戦国の世でそこまで意識していたのかは疑問ですが、
一首遺されていることは素晴らしいことです。

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鳥居強右衛門の辞世 戦国百人一首⑤  明石 白(歴史ライター)



p50
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三好康俊 [戦国]

 みよし野の 花の数には あらねども

  散るにはもれぬ 山桜かな

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 謙虚な辞世でした。
wiki先生によると、父康長はキリシタンになったという。
息子の俊長が山内一豊に仕えたという。
『信長の野望』で遊んでいた頃は三好家は旧勢力として潰す対象でしかなく、
プレイする大名として選択したことはなかったと思います。浅かったですね。

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三好康俊 辞世の句 ぴぴ@相模国



p38
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